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昨日あなたの夢に出てきたバンド。こんな人たちじゃありませんでしたか?タカシーノ、パクチィ入道、テケレツ、タグッツォ、エビジンジャの5人組+αの見ると脳が委縮するブログ。


by namminnammin

夏のおとろし

夏だった。
テーブルの上の温む素麺を平らげると、俺は美味しんぼを再び手に取った。栗田のババアが見知ったジジイに夏バテ解消の素麺を施される回だった。旨そうだった。非常に。
美味しんぼを読みながら物を食べると何でも旨く感じる、この素麺すらも。そう信じて口に運んだが、やはりまずかった、まずくてイラリとして美味しんぼを投げ捨てた。
そうして代わりにフロムエーを手に取った。俺は21歳だが就労経験はただの一度もなかった。能力が足りなかったり世間が怖かったりした訳ではない。少しくチャンスに恵まれなかったのだ。

フロムエー。
そうさ俺はまず「A」から始める必要があった。誰にでも最初の一歩がある。キスから始めて、童貞を捨て、処女を捧げ、フェラチオを覚え、アナルを拡張し、二穴結合にまで及び、そうしていつの日か遥かなる「Z」にまでたどり着けるだろう。その時俺は偉大なるジオン・ダイクンの元に召されるだろう。きっと。

最初だから誰にでも出来る仕事をしよう。
そう思って求人広告をめくると、生まれてから一度も悩んだことがなさそうな、白い歯を剥き出しの笑顔を浮かべた男の横に、照れながらも自己顕示欲の強そうな、間違いなく職場の何人かと寝ている女が寄り添っている写真の横に、「和気あいあいとした若い職場です」というコピーが書いてあった。
考えられる麻薬をすべて体に打ち込んだ後、車で幼稚園に突っ込んで片っ端から子供を犯した揚句に建屋に火を放った罪の実刑でもない限り、俺はこんな職場で労働する気は起こらなかった。
しかしそれでも明確に考えていたこと、それはとにかく誰にでも出来るような仕事を見つける、ということだけだった。

そうして最初に頭に浮かんだものは、映画「アイ・アム・サム」だった。
これはサム(ショーン・ペン)という知恵に若干のディレイがかかった父親と、相反して聡明な小娘(ダコタ・ファニング)とが織りなす家族愛ドラマなのだが、
着目すべきはそこではない。この知恵がディレイしているサムの勤務しているところこそが、その名も貴きスターバックスコーヒーだったのだ。
しかも恐るべきは、奴は近日中にラテ係にまで昇りつめようとしていた!
サムにすらも勤まって、おまけに昇進までできるとは!
アメリカンドリーム・・俺は心にそうつぶやくが早いか、地元板橋区にスターバックスがないかを早速探し始めた。



なかった。



そういえばようやっと3年くらい前に駅前にドトールコーヒーが出来たくらいで、そのときは友人から「ドトールが出来た、黒船襲来だ」と電話が3件も入り、せっかくだからと足を向けたらまさか満席で列が出来ていた!みんなラスベガスに来たような顔をしてブレンドコーヒー180円をすすっていた。そんな土地だったのだこの街は。忘れてた。スタバが誘致されるまで待っているという手もなくはないが、それだとガンやエイズの特効薬がマツキヨで買えるようになり、車が空を飛びスケボーが宙に浮く日が先に来てしまうかもしれない。その時俺は何歳だろうか。

そうして俺は次にマンガ喫茶に目を付けた。漫画。労働とは対極にある言葉。
座らせて茶をすすらせて漫画を読ませるだけ。これはさすがのサム氏でも店長ぐらい勤まるのではないか?
いいね、これだね。サム、俺はこれにする、命をかけてマンガ喫茶で働く。お前には負けないよ。ふふふ。お前はコーヒー、俺は漫画、俺はマンガでお前は珈琲。

ほくそ笑みながら俺は面接の予約を取り付けた。世の中で最も素敵な金は楽に稼ぐ金。ウフン。
生きるってことはかくもイージーだったのか。マンガ喫茶。迫害も差別もそこにはない。永遠のユートピア。ただ、マンガと喫茶。そう信じていた。

ところが。だ。
by namminnammin | 2011-08-31 02:07 | 小説